ヨルダンの砂漠に放置された東大生が絶望の果てに見つけたものとは…【ヨルダン旅行のすゝめ】

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おはようございます☀

9/4夜~9/15朝という日程で「ヨルダン旅行」に行ってきました(*´ω`)

ここ!!

ここ!!

 

その旅の記憶をここに記していきたいと思います!!

 

そして、
「ヨルダンはこんなに刺激的な場所だよ!」
「みんな行こうよ!」
ってアピールしたいと思います!(^O^)/

 

まず……僕の旅の行程表をアバウトに示しておきますね。

9/4 夜 成田空港発
9/5 アブダビでトランジット 昼 クイーンアリア空港着 アンマン市内観光(ローマ劇場)
9/6 シリア難民の方に話を聞く
9/7 シリア難民の方に話を聞く カフェで休憩 UNHCR職員の方と夕食
9/8 アンマン観光(アンマン城・現代アート展) NGO訪問
9/9 ペトラ観光 ワディラムにて宿泊
9/10 アカバ観光 アンマンへ戻る
9/11 死海観光
9/12 アンマン観光(キングアブドゥッラーモスク)
9/13 昼 クイーンアリア空港発 アブダビ空港にて一泊
9/14 アブダビ観光 夕方 アブダビ発
9/15 朝 成田空港着

※この旅のアレンジは万屋というフジテレビなどの取材にも協力したことがあるというヨルダンの旅行会社に助けていただきました。
ヨルダン(特に首都のアンマン)は治安が良いので、1人で旅をすることも十分可能かと思います。
ただ、僕の場合は、初中東旅行という不安や難民の方やNGOなどとつないでいただく必要性から助けていただきました。

 

僕はただ旅をして、「楽しかった~(((o(*゚▽゚*)o)))」とだけでは終わりたくはなかったので、 旅の前に以下の3つの目標を定めました。

① 難民の方々への理解
② 「初めて」への飛び込み
 自分の現在と将来に関する思考

その3点を軸に回想録として書いていきますが、
ヨルダン旅行の一例として参考になればと思います!笑

 

最後には「ヨルダン旅行のすゝめ」もございますので読み進めていただけると幸いですm(__)m

 

では早速本編へ入りますね!

 

はじめに:キングアブドゥッラー・モスクへ

ブルーモスクとも呼ばれる壮麗なキングアブドゥッラー・モスク

9月12日月曜日。晴れ。

僕は暑い日差しの照り付ける中、キングアブドゥッラー・モスクへと歩き、ついにブルー・モスクとも言われるコバルトブルーに輝く壮麗な建物を目の前にした。

アッラーフアクバル(神は偉大なり)」
と心の内で思わず唱えながら、モスクの中へと歩を進めていった。

建物の中にいたのはビクともせずに横たわるおじさん1人だった。僕もそれを模倣して仰向けに寝っ転がった。

天井に広がる奇麗な彩色、まばらに灯されたシャンデリアの光、単色のステンドグラスが次々と目に飛び込んできた。

よく利いた空調とあまりの美しさに、僕は思わず目を閉じた。

すると、僕の頭の中でこのヨルダン旅行の回想が瞬く間に広がってきた。

 

回想:キングアブドゥッラー・モスクへ

 

時は少し遡る。

 

9月12日月曜日。晴れ。

僕は暑い日差しの照り付ける中、キングアブドゥッラー・モスクへと歩こうと思い立った。

なぜならこの日だけは何の予定もなく自由にアンマン市内を散策でき、そしてそのモスクだけが近くで唯一行っていない有名スポットだったからである。

 

いつも通り、Hashemレストランでホブズ・ハンモス・フール・ファラーフェを食べてシャイも飲み終えた僕は通りを上っていった。

仲間の1人で、いつも僕の側にいてくれたスマフォ君は前日に死海にてぷかぷかしていた際に塩分を大量摂取してお亡くなりになっていたため、僕は幾分か寂しさと不安を覚えながら歩き始めた。

そんな僕に危機が訪れた。
「トイレに行きたい……」
その時僕はお腹を壊し気味だったのである。

大体のトイレには紙もないし汚すぎるので、仕方なく急いでホテルまで引き返そうとした。

すると、「ニーハオ」と僕に話しかける声が!

僕がその男に「こんにちは」と返すと、彼は「Japanese!!」と嬉しそうに応えた。

彼のお店は綺麗そうだったので「好機到来!」と思った僕は、「Can I use the restroom? Toilet!」と繰り返した。

しかし、彼はずっときょとんとしていた。

英語がほとんど通じなかったのだ(´・ω・`)

便意と闘いながら踊るようにジェスチャーを繰り返したがうまくいかず、結局アラビア語の教科書を開いて示すことで、ようやくトイレを獲得できた。そのあと彼に道も尋ねたものの、

「とりあえずこの道を歩き続けるんだなあ」

としか分からず、最初は「Nagatomo! Honda!」などと騒いでいた彼もしばらくすると面倒くさそうにしていたので、僕はその場を後にした。

そして、彼を信じて歩いていったところ、15分ほどでなんとかキングアブドゥッラー・モスクにたどり着いた。

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共に旅した仲間たちの記念写真at home

 

冷房のよく利いた室内で寝っ転がった僕は、まず旅の仲間の2匹(上の写真参照)をバックから取り出し、ついにモスクに辿りついたことを祝い合った。

そして、道半ばで逝ってしまったスマフォ君の冥福を祈りながら、僕は旅の回想を始めたのだ。

 

目的Ⅰ:シリア難民の方と会ってみて

 

ヨルダンに発つ前に設定した3つの目標のうちの1つ、「難民の方々への理解」に関して、僕ができたことは何だったのだろうか。

 

そもそもヨルダンを選んだ理由の最たるものは、

「実際に中東に行って難民の方から話を聞きたい!」

という純粋な気持ちだった。

僕は難民関係の学生団体に属しているのだが、「ヨルダンに行けば、その問題を考えているだけでは気付き得ないものを何か掴めるかもしれない」、漠然とそう思ったのだった。

難民の方々が住むアンマン郊外へ向かう車窓…

難民の方々が住むアンマン郊外へ向かう車窓…

 

しかし、このヨルダンで難民の方と実際に会ってお話を聞いて、僕が思ったのは、

「嗚呼、僕は偽善だなあ」

という悔しくて辛いけど至極当然な感想だった。

 

難民の方に、「何が一番の問題ですか?」と尋ねても、返ってくる答えはいつも同じ。

「お金です」

・・・ ・・・

僕にはこの目の前にいる人たちに直接救いの手を差し伸べることはできないのだ。

日本から話をはるばる聞きに来たのに、難民の方々に答えてもらって、僕はただ与えられてるだけ……。

分かっていたはずなのに改めて突きつけられる無力感と自分の偽善に僕は耐え切れず、しっかりと顔を上げ続けることができないほどだった。

うーん…(゜_゜>)

 

目的Ⅱ:『たくさんの「初めて」』

 

では、3つの目標のうちの2つ目である『「初めて」への飛び込み』に関しては、僕は何を感じたのか。

 

僕にとってこれは「初めて」の一人海外旅行で、 僕にとって「初めて」未知の世界の中東に飛び込んだ機会だった。僕にとってヨルダンは「初めて」直接見たイスラム教を背景とする社会だった。

 

まず中東やヨルダンの地に関して。

 

アンマンに着いた時に最初に感じたのは、

「背景色が違う!」

という当たり前だけど新鮮な事実だった。街は砂の茶色を基調としていた。 

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アンマン市内のローマ劇場から街を見下ろして…

 

そして僕の大好きなご飯!!

中東料理は少し脂っこかったが、非常に美味だった( *´艸`)特に毎朝食べていたホブズとハンモス!
ただ、病みつきにはなるけれど、机に生地を置いて食べるのは少し不潔なようにも……。

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毎朝の朝食。 シャイ(左下の紅茶)・ホブズ(右下のパン) ・ハンモス(左真ん中)・ファラーフェ(真ん中の揚げ物)

また中東と言えば、やはり砂漠

9月9日はワディラムという砂漠地帯の観光地で一泊した。

綺麗な夕陽や満天の星空……。

いまだに人間による手がそれほど付けられていない広大な土地で20歳の誕生日を明かした僕は幸せ者だったなあ。

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砂漠の夕陽(((o(*゚▽゚*)o)))

さらに、当たり前だが、ヨルダンの様々な観光地「初めて」訪れた。

アンマン市内の他は、死海やぺトラという遺跡、アカバという港湾都市などだ。

その中でもぺトラ・ワディラム・アカバは僕と一人のスウェーデン男性以外、参加者はみんなアラブ人というツアー(ガイドは勿論アラビア語(/_;))で訪れ、砂漠の中に置いていかれるといったアクシデントこそあったが、ヨルダンやシリアの方と沢山話せたことなど収穫が大きかった。

 

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起きたらバスがなくて呆然とした砂漠の朝

それこそは「初めて」の一人海外旅行の賜物であったなあと思う。

 

次にイスラム社会のイメージに関して。

僕らはイスラム教と聞いた時、テロリスト的なイメージや黒いベールを被った女性の姿のみを思い浮かべがちだ。

 

その先入観は明らかに正しくない。

 

黒いベールを被った女性も勿論いるが、実際にはカラフルなスカーフを被りオシャレを楽しむ女性の姿がよく見られ、まるで女子会のようにカフェで水タバコやトランプを楽しむ女性たちもいた

アラブの女子会と言えば この!كوكتيل

アラブの女子会と言えば
この!كوكتيل

 

ヨルダン人の友人も、僕らが抱くムスリムの女性のイメージは、ヨルダンにおいては過去のものだとはっきり言っていた。

 

テロというイメージについては言うまでもない。

世界をより鮮明に認識する一助となったことは確かで、僕はこの目的をしっかり果たせた。

 

目的Ⅲ:「未来」への刺激

 

今回の旅の目的の最後の一つ「自分の現在と将来への思考」に関して。

 

結論から言うと、自分の現在を冷静に分析するほどの時間は取れなかったが、迷宮入りしていた自分の将来の道は、大分灯りに照らされることになった。

 

明りの灯ったアンマンの夜☆彡

明りの灯ったアンマンの夜☆彡

 

その結果を導いた要因は大きく分けて二つあった。
 

 ・実際に貧しいシリア難民の方と対話したこと
 

 ・完全に日本人1人で、言葉が通じず、意思を伝えるのが困難な状況に放り出されたこと

 

前述からも分かる通り、難民の方と話した結果、自分の小ささを痛感した。僕は”普通”に生活でき”恵まれた”学生として守られている。

「この立場を利用できるなら利用しながら、自分を少しでも大きく、影響力を及ぼし得るようにすること」が、 良い選択肢なのではないかと思ったのだった。

 

また、日本人1人という状況だからこそ、日本というアイデンティティを意識し、日本人としてのプライドを感じた。

言葉が通じにくい状況で僕を助けてくれるものは、日本人であることで得られた好意と自分の雰囲気や魅力だけだろう。

 

明確には記すことはしないが、国際協力・国際平和の実現という理想を達成する手段を、「この国の国民として中枢に進んで実践していきたい」と決意できたのは非常なる収穫だろう。

 

回想をしながら僕はいつの間にか入眠していた。

管理人のおじさんに不意に声をかけられて起きた僕は、のんびりとした愉快な昼を過ごせていることをアッラーに感謝し、響き始めたアザーンを聞きながらモスクを出て、暑い日差しの照り付ける道を下って行った。

 

 

<完(記事はまだ終わりません!!汗)>

 

~ヨルダン旅行のすゝめ~

 

ここまで旅行中にしていたことと思っていたことを回想として綴ってきました。

最後に、ここまで読んでくれた読者の皆様に、ヨルダン旅行をおススメしたいと思います!!
(むしろここからが本題?!)

見るものの多さ・ホスピタリティ・治安という3点から話していきます。

 

まず見るものの多さです。

きっと多くの読者の方はイスラム文化に直接触れる機会をほとんど持ったことがないでしょう。

実際に行ってみることで自分の先入観の存在に気付かされることになります……。

また砂漠の茶色を基調とする街の様子も異国情緒を増してくれます。

さらに、死海を初め、ペトラやアンマン城のような遺跡、アカバというリゾート地など、観光地は尽きることがありません!

飽きることのない旅行が見込めますよ(*´▽`*)

ヨルダン唯一の港湾都市でリゾート地のアカバ

ヨルダン唯一の港湾都市でリゾート地のアカバ

 

次にホスピタリティに関してです。

ヨルダンの人々はアラブ人・ムスリムの人々に見られる旅人へのホスピタリティを有しております。

また親日な人が多く、省庁の前の警備員になぜか投げキッスされたり、急に若者たちと自撮りを求められたりするほどでした。

語学面としてはアラビア語はわけわけめ(‘_’)なのですが、少しの英語と優しさとコミュ力でなんとかしてくれます!(・。・;

 

そして皆様が不安になる治安に関してですが、

基本的に安全であると言えます!

特にアンマン市内のダウンタウンは夜遅くでも多くの人々が街を歩いて遊んでいるほどです。

ただ、2005年に観光客向けの高級ホテルを狙った同時多発テロが起こっており、アメリカの情報機関もテロの危険を示唆しています。

また、外務省の海外安全情報では危険度1で、十分な注意を喚起しています。

ですから完全に安全であると言い切ることはできませんし、これからの中東情勢の動向次第で治安悪化することも考えられます。

しかし、このような非常事態の可能性を除けば概ね安全であると言えます。

 

以上よりヨルダン旅行をおススメしたいと思います。

とにかくヨルダン旅行は楽しかったので個人的におススメです!!

楽しそうな感じをアピールするための写真A

楽しそうな感じをアピールするための写真B

 

では、皆さんヨルダンに行きましょう!!!(((o(*゚▽゚*)o)))

 

おやすみなさい~

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