いまこそ障碍の本質を問おう。凄惨さはすぐに忘れてしまうから。津久井やまゆり園の事件を受けて、脳性まひの東大准教授・熊谷先生を訪ねる。【前編】

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 たとえば、これまで当事者研究を重ねてきて、属性を超えてかなり共通してみられたのが、「頼れる依存先が少なくなると、大きな困難に直面する」ということ。

dsc05205 たとえば身体的障碍者。社会は歴史的・進化的に多数派の身体的条件に合うよう構築されてきた。私自身、2011年の東日本大震災の際に、エレベーターが停止したために避難するのが遅れたときに気付いたのは、健常者のほうがより多くのものに依存している、という事実でした。周囲の健常な人々は、エレベーターが止まっても、階段や梯子という道具に依存して逃げることができたが、私はエレベーターしか使うことができなかった。

 依存先の多さと、依存先一つあたりへの依存度は反比例している点も重要です。健常者は依存先を多く持っているために、依存先に対して「あなたなしでも、代わりはいくらでもいるのよ」という強い立場をとれる。しかし、私のような障碍者は依存先に対して、「あなたなしでは、もうおしまい」という弱い立場に置かれるのです。

 エレベーターのようなモノだけでなく、ヒトに対しても同様です。

 一般的に誰かから暴力を振るわれたら、関係を切りますよね。しかし障碍のため暴力を受けても関係を切り離せない状況というのは、その人以外に頼ることができない場合に生じやすい。依存先がすくないと、暴力に巻き込まれやすくもなるわけです。

 依存先の少なさは、暴力被害のリスクを高めるだけではありません。今回、容疑者が依存症だったことが注目されていますが、依存症を考えるうえでも依存先の多寡は重要です。

 依存症というのは、依存しすぎる状態と思われているけれども、むしろ人的な依存先が少ないことが多い。依存症の人の多くは、虐待の被害者であることが報告されています。他者に依存し、弱いところをさらけ出すというのは、社会的な動物である人間にとって必要不可欠な営みだが、こうした弱さの開示と他者への依存は人間に対する信頼がないとできない。虐待による深い人間不信によって、他者に依存できなくなったからこそ、特定の物質、あるいは神格化した一部の他者に依存するしかない状況に置かれる。これが、依存症です。

 また、津久井やまゆり園がどうであったかは分かりませんが、一般的に障碍者施設での労働はしばしば過酷なものになります。体調がすぐれず誰かに替わってもらいたくても、容易にはそうすることができない。

 つまり、施設の職員もまた、依存先がすくない状況に置かれやすいということです。そしてその過剰なストレスが、時に暴力に向かうことになる。

 さらに、障碍児者の家族も依存先がすくない。一般に子どもは、生まれたばかりのころは養育者に依存先が独占されがちですが、成長するにつれて養育者以外の様々な人やモノに依存先を広げ、養育者への依存度を減らしていきます。やがて、養育者が先に死んでも、生きていけるようになる。これが、自立というプロセスです。

 ところが障碍を持った子が生まれると、世界中の物理的・人的デザインがアウェイですので、何歳になっても子どもは養育者にのみ依存し続けることになる。年老いた親は、周囲に依存先を探しますが、まだまだ頼れる資源は少なく、密室的な親子関係の中で抜き差しならない状況になってしまう。何が言いたいかというと、障碍者の親もまた依存先がすくないということですね。それが、ことによっては虐待につながる。

 依存先が少ない状況というのは、暴力の加害者や被害者になるリスクを高めるものである。今回の事件に関わっていた人たちがどうであったかはわからないが、それと類似した立場にいる人たちの現状というのは、共通して依存先がすくないという点を知っておく必要があります。

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取材に参加した学生Fが吃音障碍の認知を広める一環として吃音をテーマにしたドキュメンタリーをグループ製作した時の画像。彼女自身は周囲の不理解による心理的ストレスにより吃音を持つようになった。彼女は今自立した生活を送っており、”吃音デバイス”を東大で見つけた仲間と共に開発している。先生は「依存から脱却するには、依存関係を切り離すのではなく、新たな依存先を開拓する」ことが必要と言う。

 このような状況を背景にして1970年前後に本格化したのが、身体障碍者の自立生活運動というもの。これは障碍者が自立生活する権利を訴えたもので、そのときに目指された方向性は、「家族でもなく施設でもなく、地域へ」というものであった。

 かつて身体障碍者の居場所というのは、家族か施設の二つしかなく、依存先が少なかった。好きな場所で、好きな人と暮らし、好きなことをできる状態を目指したのが障碍者の自立生活運動であった。 

 そこでは障碍を持っているからと言って、社会への参加を制限される必然性がないことが主張された。

事件への反応は、解決に逆行しているかもしれない。

 しかし、今回の事件に対する反応として、明らかに依存先を減らす動きがある

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