悟りから遠い東大生が八日間だけ歩き遍路に行ったら、雲の切れ間から光がやっと、やっと差し込み始めた話

hikari4
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社会基盤学専攻修士二年の日下部と言います。

海外留学や起業に関する記事が「光」であれば、今回の記事、「歩き遍路の体験記」は紛れもなく「影」でしょう。が、光が際立つのは影があってこそです(要は、題名だけ読んで「戻る」ボタンを押さないで~、ってことです)。

自分の人生に「影」を抱えた東大生は、きっと私だけでは無いはず。そんな人たちに、この体験記が「光」を灯せば、これ以上の喜びはありません。また、この体験記は「東大生は○○」とレッテル張りをしがちな学外の方々に対する、悩める青年としての姿、等身大の私たちを見てほしい、という心の叫びでもあります。

160904_光と影

影があるから光は美しい(?)

(「やっと雲の切れ間から光が差し込んだ」程度なんじゃん、お遍路じゃ悟れないんじゃん。悟りたい。という方は、こちらの記事をどうぞ。私が UmeeT を知るきっかけとなった記事です)

なぜ歩き遍路に行ったのか

私を歩き遍路へ駆り立てた理由は様々ですが、まず大きな理由は就職活動でした。入試や進振りや海外ボランティアなどなど、選考という選考を望み通りにパスしてきた自分を、突如として襲った「お祈りの嵐」。

特に、インターンに二度行って、自分の専攻ならまず入れるだろうと高をくくっていた第一志望の企業から祈られた時は、二日間ショックで寝込みました。何て傲慢で贅沢な悩みなんや、と歩き遍路を経た今なら思いますが、当時は非常に辛かった。

160904_お祈り

大学に入った直後の、母の死も大きな理由でした。高校時代、弱っていく母を受け入れられず、心無い言葉を掛けてしまった。お前が母さんを支えていれば助けられたんじゃないのか、との自責の念は、五年を経ても消えませんでした。

そうだ、遍路に行こう―。自分にとっての救いと、母に「ありがとう」「ごめんなさい」と言う機会を求め、私は一人、徳島へ発ちました。

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人生初の徳島。まさか遍路で最初に来るとは…

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駅前の徳島ラーメン「麺王」。コクのある豚骨醤油で旨い!東京でも食べたいレベル

どんな八日間だったのか

今回は、一番の霊山寺から二十六番の金剛頂寺まで、およそ260kmを8日間かけて歩きました。

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こんな感じのルートでした(赤だけ回りました)

道中では、こんな恰好をして寺まで歩き、

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寺に着いたら、鐘をついて、線香を上げて、お経を読んで、手を合わせて、納経帳にサインをしてもらいます。これが大まかな流れです。

手を合わせる時、自分の願い事と、身の回りの五人の健康を願うと良いそうです。今回は、母への感謝と謝罪をするのと同時に、母の成仏と父の無病息災を願うことにしました。

初日~二日目

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初日~二日目のルート。ずーっと内陸で平地

初日と二日目は、それぞれ平地を20kmほどずつ。これで十一番まで行けてしまいます。印象的だったのは、初日の宿のおばあさんが、何と息子も孫も東大の工学部出だったこと。何とも不思議な御縁。

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空が広いと心まで広々としますね

えぇっ、あっさりまとめすぎだろ、って?いや、それだけ三日目からが濃かったんです。

三日目

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三日目のルート。焼山寺だけ山の上…

三日目は十五番の国分寺まで、800mの登山、からの下山、からの平地で40kmほど。明るい時間に歩き切る必要があり、終盤は休憩も取れず、この日は11時間歩きました。最後の方は、無意識のうちに「ん゛あ゛ー!!」など叫びながら、悲鳴を上げる脚を前へ。

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こんな山道 登って下り

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駅に着いたの 午後六時 (都々逸)

しかし何故でしょう、私は不思議と清々しい感覚に包まれていました。足の疲れと大声とが相俟って、いい感じに頭の中が空っぽに。「頭が良いことが良い」「考えられることが良い」という価値基準に縛られていた私は、はっとしました。考えないってこんなに良いもんなのか、と。

四日目

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四日目のルート。水色の地点で「ポ○リおじさん」に遭遇

四日目は十九番の立江寺まで、平地を40kmほど。前日の疲れが残る中、10kmほど歩いたところで、熱中症で駅の小屋に一時間ほど倒れこんでしまいました…。大げさながら「ここで死ぬのか、歩き遍路の本望だな」と思ったりもしました。

気力を振り絞って起き、ポ○リを確保すべくコンビニへ向かっていたところ…。軽トラがすっと止まる。中に乗ったおじさんがすっと何か差し出す。よくよく見ると、、、

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この画像みたいにはいきませんでしたが、命拾いしました(煩悩まみれ)

何とポ○リス○ットではないですか!!

この時、僕は心の底から思いました―金剛杖を無くしても、お大師様は私の隣にいらっしゃる。まさに「同行二人」だ、と。

五日目~六日目

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五日目~六日目のルート。六日目で待望の海が!

五日目は二十二番の平等寺まで、500mの山を2つ越えて20kmほど。山下りが合計で二時間ほどあって、まさに「膝が笑い」ました。あまりの足の疲れで、十秒歩いて三秒止まって、の繰り返し。

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この谷を 下って登り また下る  (一句)

専攻がら「こんだけ上って下るなら橋とトンネルを造ってくれよ」とも思いましたが…しばらく歩いて考え直しました。上りも下りもあってこその人生や。橋とトンネルだらけの人生なんてつまらんやろ、と。人生すなわち遍路なり、とは本当に言いえて妙です。

六日目は二十三番の薬王寺まで、平地を40kmほど。この日の印象は…カニかわいい、寺少ない(雑)。

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蟹、猿、狸、色々といる

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中でなぜ「蟹に注意」なのか

あと、出発する瞬間から足の甲に違和感を感じたのも、この日が最初でした。

七日目

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七日目のルート。えっと、なにもない

七日目は40kmも歩いても、お・て・ら・な・し、おてらなし(ちょっと古い)。ですが、最も印象に残っているのが実は七日目なのです。

鉄道ファンには有名な海部駅のトンネルを見ることも出来ましたし、

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宅地開発で山が削られ、構造物だけが残る

とうとう徒歩だけで高知県まで辿り着きましたし。

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人生で45番目の都道府県、高知県

ですが、今回の遍路で最も印象に残っているのが、こんな何の変哲もない海岸線。

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9kmに亘って建物も自販機も無いという、魔の海岸線

この海岸線を歩いている間、自分でも驚いたのですが、急に母を思い出して涙が溢れると同時に、想像もつかないパワーが湧いてきたのです―。「一刻も早く二十四番まで行って母に詫びよう」「自分で決めた目標に、ここまで集中して取り組んできた自分を褒めよう」という。

直後、初めて通り雨に遭い、靴がびっちゃびちゃになりました。いつもなら腹の一つも立てるはずの自分が、この日は自然と「これも貴重な試練であり経験だ、お大師様に感謝せななぁ」と感じていたのでした。

八日目(最終日)

 

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八日目。えっと、寺だけはある

八日目は二十六番の金剛頂寺まで、平地を45kmほど。二日前は二十四番の最御崎寺まで77kmだったのが、

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二十三番から77km歩いて、

今ではその山門が目の前にある―。この喜びは、ちょっと言葉には出来ませんが、体感すれば「ちょっと言葉に出来ない」理由が分かるかと思います。

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やーーーーっと二十四番。

でも、室戸岬の灯台が「恋人の聖地」だった、この苛立ちは言葉に出来ます。何で遍路道の道中なのにカップル仕様なんや、と(煩悩まみれですね)。

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室戸岬より。独りですみません(ボソッ)

歩き遍路の終着地である奈半利駅から列車に乗り、場違いな遍路姿で高知駅に辿り着いたとき、ようやく「あぁ、僕は達成したんだ」と実感が湧いてきたのでした。あと、塩味のカツオのたたきを食べました(煩悩まみれですね)。

歩き遍路で何を得たのか

歩き遍路はあまりに衝撃的な体験でした。得たものは、まだ上手くまとめるのが難しいですが、以下のような感じでしょうか。

まず、自分が何と恵まれているのかに気づきました。私には、一日40km歩ける、足がありました。食事と宿に使える、お金がありました。八日も東京を空けるだけの、時間もありました。

 

次に、恥ずかしながら人生で初めて「人の役に立ちたい」と思いました。私の受けた「接待」は、まるでお大師様の慈悲とも思えるポ○リだけではありません。パン、氷、200円、さらには寝床まで。私は自分の都合で、勝手に歩いているだけなのに―。

この経験を経て、私はこう思うようになりました。人に弱みを見せよう、人の悩みを受け入れて支えよう。周りの人にあって私にないものを求めるのではなくて、私にあるものを周りの人のために使おう。すごい人だと思われたくて背伸びをしていた自分が、何だか滑稽に思えてきたのでした。

 

最後に、人は変われるんだと気づきました。たった8日、260km歩いただけで、(嫌われないために)完璧を目指そうという自己愛も、(他人の苦労も慮らず)僕だけ何で報われないんだと妬む気持ちも、すっと消えていきました。

その代わりに、そのままの自分を認めてやろうという肯定感、裏を返せば一生この自分と暮らしていくんだという覚悟が、ふっと湧いてきました。いつぶりでしょうか、心の底から自分に「ようやったな」と声をかけてやれたのは。

私は、昔の自分を捨て去って完全に変わり切れたわけではありません。ですが、踏み出した一歩は小さいようで、本当に大きなものだったと思います。海外旅行もいいですが、折角のお金と時間、心の整理整頓のために使ってみませんか。

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